なんですかこれは。
「この衝撃は一生もの」という言葉に惹かれ手に取った夕木春央さんの『方舟』なんですが・・・
なんですか、これは。
地獄じゃないですか。
ストーリーの読み応え、登場人物、ミステリとしてのおもしろさ…
どれをとっても素晴らしかったのですが、いかんせん内容が地獄すぎまして。
ということで今回は「方舟のどこが地獄だったのか」を感想として書いていきます。
「方舟」感想
全部で5つあります。ネタバレ全開なので、まだ方舟を読んでいない方は、先に読むことをオススメします。
矢崎家族の存在
これが一番キツい。
今回、きのこ狩りをしに来て運悪く事件に巻き込まれてしまった矢崎家族。
父親、母親、高校生の息子というよくある一般的な家族で、全員被害者です。
まず、完全に個人的な感覚なんですが。
そもそも「普通の家族」と「元大学生の若造」が同じ空間にいるのがきついんですよ。
ファミレスとかで「普通にちょっと食事をしている家族」と「盛り上がってる大学生」とかが同じ空間にいることを見ることがあるんですが、すごい「いたたまれない気持ち」になるんです。
別にどっちも間違ってないんです。ファミレスってそういうところですから。
でも何か家族側に同情してしまうというか。もっと落ち着いて食事したいだろうな、とか思っちゃうんですよ。
そして今回、あんなところに閉じ込められた矢崎家族。
絶対にきつかったと思うんですよ。若者たちはフレンドリーに接してくれたとしても気まずさは絶対にありますから。
特に息子の隼人くん。思春期の彼にとってこの状況は地獄だったはず。
そしてこの状況で「家族の仲が良い」ってところがさらに地獄でして。
父親が殺された後の母親と隼人くんの会話。
─もしもうまくいかなかったら、ママが、あの岩落とすからね。そしたら、隼人は、あの人たちと一緒にここから出て、おうちに帰って。
隼人が涙声で答えた。
─嫌だ!絶対に嫌だ!それなら僕もここで死んだほうがいい!そっちの方がいい!
引用:夕木春央『方舟』講談社文庫
なにこれ。わたし何か悪いことしました?
こんなツラすぎる母と子のやり取りを読ませられるなんて。想像したらキツすぎて読むのを止めそうになりましたよ。
しまいには結局2人とも生き埋めになってしまいます。どういうことだよ夕木春央。
今回の小説、もしも方舟にいたのが「元大学生の若者グループ」だけだったらここまでの地獄感はなかったです。一種のデスゲームみたいな感じで読めたと思います。
しかし、この「矢崎家族の存在」。
この3人の存在、そして3人の絶望すぎる結末が強烈なダメージとなりました。
上手すぎる人間描写
登場する人物たちの話し方や表現、上手すぎると思いました。
今回の小説「方舟」の中には登場人物は全部で10人ぐらいでしたが、話し方やその表現で『ああ、コイツはこんな感じなんだろうな』と想像しやすいのです。
特にわかりやすいのが麻衣の旦那「隆平」。
矢崎家族がアリバイのことを口にした時のシーンで、
っていうか俺、あんたが一人でいるところ見ましたよ?二階の廊下を一人で歩いてたじゃないですか。何で嘘つくの?
引用:夕木春央『方舟』講談社文庫
この「敬語」と「タメ語」が混じってるところが、彼の若さと幼稚さを表してますよね。
また、その答えに対して・・・
あんたたちが犯人だろってんじゃないんですよ。俺何も知らねえし。とにかくあんまヌルいこと言って時間を無駄にしてもしょうがない話で
引用:夕木春央『方舟』講談社文庫
ヌルいってなんなんですか。
こういった言葉で威嚇しようとするところも嫌ですね。ガキが。
隆平に対しては麻衣も同様のことを言っていましたから。
隆平、理屈っぽいことをいろいろ言う癖に、困ると結局暴れる以外どうしたらいいか分かんなくなっちゃうんだよね
引用:夕木春央『方舟』講談社文庫
こんな隆平みたいなやつがいることで、人間関係のギスギス感や圧がこの空間の絶望度を余計に上げています。
それが読んでる側にも伝わるから、より地獄感が割り増しされました。
翔太朗もまあまあ気持ち悪い
隆平のことを悪く言いましたが、
翔太朗もまあまあ気持ち悪くないですか。
今回の探偵役を担った翔太朗。
いくら年齢が少し上とはいえ、あの状況で冷静を保ったまま、全員の中立に立ち続ける精神力。
完全に麻衣に裏をかかれてしまったとはいえ、あそこまで導き出したのはすごいです。
ですが。
そもそもなんですが、なぜ君はここにいるんだと。
行きますか?普通。
イトコに来てほしいと頼まれたからって「いや、そこは同級生同士で楽しくやりなよ」って言いませんか?
同じ年ならまだわかります。でも年齢も3つ上ということですし、自分がいたら多少なりと気を使われることはわかると思います。自分でも「年下の男女グループに余計な気を使わせちゃったらアレだしな」となりそうですし。
どれだけ説得されたのかは知りませんが、参加しちゃう翔太朗の感覚に気持ち悪いと思いました。
まあ、それを言ったら同級生との集まりで「問題が起きるかも」という理由でわざわざ従兄妹を呼ぶ柊一も柊一ですけどね。
こういったズレてる登場人物がいるせいで、ストレスたまるのも地獄です。
とち狂った天才サイコパス麻衣
頭の回転早すぎて震えました。
・土砂で埋まっちゃった
↓
・誰かが岩を落とすことになる
↓
・ビデオの配線を逆にして脱出しよう
↓
・岩を落とす役にならないとダメだ
↓
・よし、友人を殺そう!
これ藤井聡太くんにも勝てるね?
2回目読むとさらに地獄
一回読んだ人はぜひもう一回読むことをオススメします。
2回目とかホントマジで地獄です。
もちろん結末を知っているので、謎解き要素に驚きはありません。しかし犯人が麻衣とわかってからの彼女の言動がエグすぎます。
矢崎親子がいろいろ道具を使って岩を何とか落とそうとするシーン。
柊一と麻衣はその場に居合わせ、危ない目に合いそうな矢崎さんを止めます。
そして麻衣はこう言います。
矢崎さん、不安だっていうのは本当によくわかるんですけど、無茶なことは絶対しちゃいけないって思うんです。まだ時間はあるから─
引用:夕木春央『方舟』講談社文庫
この時私は『こんな状況でも他人を気遣う麻衣ちゃん、素敵だな』って思ってたんです。
そしたら「岩落としたら私が逃げられなくなるから」っていう自分が助かる=全員殺すって意味だったわけです。
とんでもない悪魔ですよ、こいつは。
さらには自分が犯人と判明し、みんなに命乞いをされてる時も『わかりました、皆さんのために岩を落とします』みたいなこと言っておきながら全員生き埋めにしますからね。
この時の麻衣の「みなさんのために」みたいな雰囲気。被害者ぶってますけど、全員殺すためですから。
結末を知っているのにも関わらず、2回目のほうが精神的にダメージが大きいってなかなか異常な小説ですよ。
ということで絶望と地獄しかない小説「方舟」。
1回目よりも2回目のほうが、より地獄を味わえる小説「方舟」。
いやホントどういうことだよ夕木春央。
方舟、マンガもあるようです
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